「あなたの重荷を主にゆだねよ」詩篇 55:22

◆「リーダーがなすべきこと」中尾芳也牧師
 聖書箇所: エペソ4:11〜13   (2018年7月15日)


今日はリーダーがなすべきことについて聖書のみことばから、ともに考えていきましょう。7月はリーダーについて学んでいます。今までの話のまとめをしてから、今日の話をします。リーダーは人の話を聞きます。人々を下から支えるしもべです。リーダーがなすべきことは上から教えるのではなく、イエス様のように、愛とあわれみのこころを持って、人々の心を癒やし、人々の内なる心を燃やす人です。「ペテロよ、おまえを用いたいのだ」と励ますことのできる人です。


1 リーダーがなすべきこと

エペソ4章はすべてのクリスチャンに対して語っている箇所です。使徒、預言者、伝道者、牧師また教師とは当時の教会のリーダーのことです。12節「キリストのからだを建て上げるためです。」とあります。リーダーがすべきことはキリストの体を建てあげることです。キリストの体を建てあげるとはどういうことでしょう。大きく分けて2つのことがあります。第一に、弱い人を励ますことです。その人のために祈り、神様の知恵をいただいて、その人を励ましましょう。そんなことぐらいでがっかりするなと言ってはいけません。話を聞いて、共感しましょう。できない場合は、その人の友となれる人を探してあげましょう。


第二に、ねじ曲がった人をそのまま用いることです。木造建築の家を造る時に、ねじ曲がった太い木は屋根に隠れた場所に使います。その強さが建物を強くします。リーダーはねじ曲がった木材を屋根裏に使うように、その人が生かされるように神様の知恵をいただいてください。


※参照: 第一コリント10:16


聖餐式とは、キリストの体にあずかることです。キリストの体になったり、離れたりすることはありません。ですから聖餐式とは、自分がキリストの体の一部分であることを再確認する時です。



2 一人の成熟した大人となるとは

13節「一人の成熟した大人となって」とあります。これは、キリストの体として、ひとりの人間のようになるということです。お互いの関係が競争から、協力関係になること。キリストの体がまるで一人の人間のように生き生きとしていくことです。私たちの関係が引き算から、掛け算の関係になることです。3−5が3×5=15になる関係です。


14節「どんな教えの風にも、吹き回されたり、もてあそばれたりすることがなく、」とあります。これは自分の信念を曲げないということではありません。この世の教えに惑わされないということです。むしろ、自分の信念に生きるのではなく神様から与えられた教えに、従っていく柔かな心、しもべの心が必要です。皆さんの体は柔らかいですか。私の体は硬いです。では、キリストの体の柔軟性はどうでしょう。キリストの体で重要なことは、柔軟性です。日々変わっていく状況に、イエス様の声をしっかりと聞いて対処できる体の柔らかさを持ちましょう。


15節「かしらであるキリストに向かって成長するのです。」とあります。これは、キリストに似るだけでなく、キリストを頭としたひとりの人間として生きていくことを教えています。私たちがつながるべき相手はイエス様です。キリストの苦しみのかけたところを満たしているとあります。いったいどういう意味なのでしょうか。イエス様は今も私たちのためにとりなし、祈っています。救われていない人、滅びに向かっている人のために、涙を流し祈っています。そのイエス様と苦しみを共有するということです。祈るということは、イエス様と苦しみを共有することです。イエス様と私たちが心をあわせることです。



3 私たちをつなぎあわせるものとは

16節「つなぎ合わされ」とあります。キリストの体がつなぎあわされたことが繰り返し強調されています。私たちがすべきことは、つなぎあわせることです。備前焼が壊れた時には金を使って補修します。そうすると、以前よりも高価なものとなります。私たちは金で補修された備前焼と同じです。イエス様の愛で補修されたキリストの体です。


私たちが互いにゆるしあうことによって、一つになることを教えています。またすべての上に愛を付けなさいと教えています。このアガペーの愛はあらゆるものをひとつにします。私たちがどんなに傷つき、心が壊され、たとえ修復不可能なくらいに粉々にされていても、イエス様の愛は私たちの人生を回復させます。たとえ、人と人の関係がどんなに冷え切っていても、絶望的な状況でも、もうあきらめきった関係でも、イエス様はそれを修復することができます。私たちを孤独から開放し、絶望的な状況に希望を与えます。だめな人、修復不可能な人生は一つもありません。再生できない人は一人もいないのです。


リーダーのなすべきことは何かということを見てきました。リーダーのなすべきこととは、傷ついた人を回復させるお手伝いをすることです。どんな人のお手伝いをしたらいいのでしょうか。失敗したペテロ、泥だらけの豚、人のいじわるしかできない心のねじ曲がったトブヤ、傷つき壊れ再生不可能と思われる器のような人です。そのような人々が回復した時に、素晴らしい神様の働きをするのです。私たちもかつてそのような存在だったこと、今もそのような存在に過ぎないことを忘れてはいけません。


修復するのはイエス様です。その修復を助けるのがリーダーの働きです。イエス様この人を回復させてください、この人とこの人との関係を回復させてくださいと神様にあわれみをもとめ、祈りましょう。引き算の関係を掛け算の関係に変えてくださいと祈りましょう。それがリーダーの働きです。



◆「しもべになりなさい」中尾芳也牧師
 聖書箇所: マタイ20:20〜28  (2018年7月8日)


1. 何を願うのか

20節から28節はしもべになることを教えています。20節「ゼベダイの息子たちの母が」とあります。ゼベダイの息子とは、ヤコブとヨハネのことです。ヤコブとヨハネはイエス様が次の王様になると信じていました。そこで、自分たちが大臣になりたいと思いました。右と左というのは、王様の次に高い地位を意味しています。息子たちの夢を知った母親はイエス様のところに言ってお願いをすることにしました。

22節「あなたがたは自分が何を求めているのか分かっていません。」とあります。イエス様は王様になるのではなく、十字架にかかって死のうとしていました。ですからヤコブとヨハネが求めたことはイエス様と同じような苦しみを受けることを意味していました。

24節「ほかの十人はこれを聞いて、この二人の兄弟に腹を立てた。」とあります。大臣となることを願うヤコブとヨハネに問題がありますが、その話を聞いて腹を立てる弟子たちにも、あきれはてます。イエス様に願ったら、誰でも大臣にしてもらえると思ったのでしょう。

※参照:ローマ9章2~3節

求めなさいと言っています。どんなことを求めてもいいと聖書は教えています。ある人は、祈りは祈りによって浄化されると言いました。祈っていくうちに何を求めたらいいのか、神様は何を求めておられるのかがわかってきます。パウロは、ユダヤ人の救いのためなら、自分がのろわれたものとなってもいいと考えました。

※参照:出エジプト記 32章31~32節

神様の怒りを受けたイスラエルの民。モーセは、彼らのためにとりなし祈りました。イスラエルの民が救われないのであれば、自分も彼らといっしょに滅んでもよいとモーセは叫び、祈りました。これがモーセのリーダーとしての願いでした。


2. しもべとなりなさい

25節「偉い人たちは人々の上に権力をふるっています」とあります。教会では、上に立つ人は偉そうにしてはいけないことを教えるために、まずこの世のリーダーはどのように振る舞っているのかを教えています。力や重要な地位を利用して支配していました。

26節「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。」とあります。仕える者とは、しもべです。当時のしもべは、食事を用意したり、人々の足を洗いました。人々の必要のために働き、人々のために犠牲を払うべきことを教えています。そのことが27節でも繰り返し、教えられています。

※参照:使徒12章1~2節

イエス様は祈りや願いを聞いて下さるお方です。母の願いどおり、ヤコブとヨハネは、苦しみを受けるものとなりました。ヤコブは弟子たちの中で最初に殉教しました。ヨハネはどうだったのでしょうか。

※参照:使徒4章1~3節

ヨハネは、12弟子の中で最初に迫害を受け、投獄されました。また晩年にはパトモスに島流しとなり、迫害に耐える長い苦難の道を歩みました。


3. イエス様を模範とする

28節「多くの人のための贖いの代価」とあります。イエス様は、命令するだけでなく、自ら模範を示されました。それは羊のために命を捨てることです。

参照:エペソ5章22~25節

男性は家族のリーダーです。リーダーである男性は、イエス様のように自分のいのちをかけて、妻を愛すべきことを教えています。次にパウロがどのような人であったのかを見てみましょう。

※参照:使徒21章9~13節

パウロは死ぬことさえ覚悟していました。多くの人がパウロのことを心配して、忠告します。預言者が語っても、聖霊なる神様が試練を予告しても、その覚悟はゆるぎませんでした。これが聖書が教えるリーダーの姿です。

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